それにしても、どうにかならないものか。
なにがって、“燃油サーチャージ”のことだ。僕がこの言葉を初めて旅行会社のひとから聞いたのは2年前だったか3年前だった。“イラク戦争などの影響で原油が高騰していて、今の飛行機代で飛ぶのは困難になったので、料金とは別途に一人一律の燃料代を負担していただく”とかいわれ、しぶしぶ5000円を払ったものだ。それがあなた、アメリカ往復の飛行機ならばいまや56000円!アメリカ間の移動では窓側と通路側の席にまで追加料金が課せられているというし、毛布や枕を使ってもエクストラ・チャージをとられるともきいている。まったくもう、なんなのだ。
そういえば8月9日に幕張メッセで行われた「サマーソニック‘08」でセックス・ピストルズの再々結成があり、MCでジョニー・ロットンが“ジョージ・ブッシュは人類の敵、あいつを逮捕しろ”とシャウトしていたが、ブッシュ一家ってもともと確か石油ビジネスでのしあがってきたはず。うーん、なにかキナくさいぞ・・・。ところで、ピストルズのステージは毎回同じ曲ばかりやり続けているためか、なんともいえない慣れが生じ、とくにリズム隊のプレイが妙にこなれていたのが気になった。演奏のうまいパンクって、どう思いますか?
なんでサマソニに行ったかというと、ずばりPerfume見たさのためだが、このページを読まれている方はジャズに興味がおありだろうから、「とってもよかった。のっち、あ〜ちゃん、かしゆか最高!」とだけ書いて本題に移る。
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ヴィレッジのハーブ猫
僕が最後にニューヨークに行った6月の時点では、燃油サーチャージはまだ50000円に達していなかったと思う。なにしろこの時期のNYは魅力がいっぱいだ。追加料金を払うのは痛いが、音楽的な収穫の豊かさはとてもお金に換算できるものではない。だから海を越えて飛ぶのだ。しかも嬉しいのは、街のどこかで無料ライヴが連日のように催されていることである。これは財布的にもヘルシーだ。
まずひとつは、「トーノー・タイム・マシーン」(57th & Madison Avenue)の中庭でおこなわれる“11th Annual ORIS Spirit of Jazz Concert Series”。時計メーカーのORISが、その名も「JAZZ」というモデルを出していて、それにちなんで無料のジャズ・ライヴを開催するというイヴェントだ(6月の4週間、毎週火曜日の昼におこなわれる)。僕が見に行った日は、スタンリー・タレンティン亡き後のボス・テナー界を一気に引き受けるヒューストン・パーソンが2時間近く熱演を展開した。
ヒューストン・パーソンのライヴで踊る老カップル
日本には久しく来ていない彼だが、むろん今も好調を維持しており、この日も得意のブルースはもちろん、「ザ・ウェイ・ウィ・ワー」、「シャイニー・ストッキングス」などを次々と演奏して、炎天下のニューヨークをさらに熱くさせた。シャッフル・ブルースでは、最前列で聴いていた老カップルが“もう我慢できない”とばかりに立ち上がって踊りだし、それにつられたのか最後のナンバーではバンドスタンドのあたり一面がダンス・パーティに。パーソンも本当に嬉しそうにブロウにつぐブロウを展開、こういう彼を日本でも聴けたらいいのにと心から思った。スタン・ホープ(ピアノ)、ジョン・バー(ベース)、チップ・ホワイト(ドラムス)も一丸となってボスのテナー・サックスをサポートしていた。
ブルックリン・ウキちゃん(ゴールド) 「BAM Rhythm & Blues Festival at MetroTech」も、うれしい無料コンサートだった。BAMとはブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックの略。同校が主催するフェスティヴァルが、ブルックリンの広大なメトロテック・センターの一角にある公園で催されたのだ。僕は朝早めに出かけ、「ブルックリン・ズー」(2377 Ralph Ave)でブルックリン・ウキちゃんを鑑賞しながら、ライヴ会場に向かうことにした。
ブルックリン・ウキちゃん
ブルックリン・ウキちゃんとはなにか。そういえば“ウキちゃん”の名が登場するのは約2年ぶりだ。オリジナル・ウキちゃん(マンハッタン・ウキちゃん)は「セントラル・パーク・ズー」にいる、コットントップ・タマリン。ものすごい速度で枝から枝の間を移動し、あまりの速さに肉眼では捉えきれないこともある。その速さに僕は惹きつけられているのだ。それに対してブルックリンのウキちゃんは、大都会の郊外在住ということもあるのか、いささかのんびりしており、動きにしてもおそろしいほどの速さは感じられない。美輪明宏のような毛の色をしたウキちゃんもいた。
ライアン・ショウ
フェスティヴァルに話を戻そう。最初に登場したのは若手シンガーのライアン・ショウ。春におこなわれた日本公演とほぼ同じセット・リストであった。ホーン・セクションやオルガンを含まない3ピース・バンドをバックに、たとえば「トライ・ア・リトル・テンダネス」をオーティス・レディング風に、「ピース・オブ・マイ・ハート」をジャニス・ジョプリン的なアレンジで歌うというものだが、なんというか、有名なカヴァー・ヴァージョンだけではなく、その“原典”にさかのぼったうえで自分自身の解釈を加えたらいいのにと、またしても思わされた。「トライ〜」などオーティスがガッタガッタと歌う30年も前から存在する曲なのだし。
続いて、巨匠オーティス・クレイが登場する。僕は彼の60年代のワン・ダー・フル録音、70年代のハイ盤、83年のライヴ オーティス・クレイ 『Soul Man : Live In Japan』が好きで、今もしょっちゅう取り出しては胸の奥を焦がしている(「いとしのエリー」は、ボロボロなレイ・チャールズのヴァージョンより遥かにいい)。90年代には、来日公演(場所は忘れた)にも出かけた。分厚いからだから、思いっきり吐き出される熱い歌声の数々にしびれたものだ。
そして08年のクレイだが、たしかに見かけはかなり老けた。声量も驚くほどではなかった。しかし、いいのだ。観客の半数はアフリカ系アメリカ人だったと記憶するが、「ニッケル・アンド・ア・ネイル」のイントロが飛び出すと、彼らの殆どが待ってましたとばかりにウォーと歓声をあげる。こうした客の何割がマメにレコード店へ足を運び、音楽書を読んでいるかは知らない。CDすら満足に買えない層かもしれない。しかし、彼らのDNAには音楽の楽しみ方が刷り込まれているのだろう。ハイ・レーベル時代にクレイの好敵手だったアル・グリーンが、ブルーノートから素晴らしい最新作を出した(『Lay It Down』)。次はクレイに、ゴリゴリに熱いニュー・レコーディングをお願いしたいものである。
アル・ガファ
安く済ませようと思えばそれも不可能ではないけれど、やはり平均的に高いのがニューヨークの食事というものだ。しかしそこに一流ジャズ・ミュージシャンの生演奏がつくとあっては、チップ込み30ドルは決して高くない。グリニッチ・ヴィレッジにある「レア」(222 Bleecker St bet 6th Av & Carmine St)という店では、アル・ガファのプレイが聴ける(エレクトリック・ベースとのデュオ)。アル・ガファ…そう、ディジー・ガレスピーやデューク・ピアソンのバンドで活動し、パブロ・レーベルに『レブロン・ビーチ』というリーダー作を残す、あのギタリストが薫り高いプレイを届けてくれるのだ。
リクエストもOKというので、先述のパブロ盤に入っていたオリジナル「ランド・オブ・ザ・リヴィング・デッド」を、と頼んだが、「自分の曲を人前で演奏する機会が全然ないから、どんな曲か即座に思い出せなくて申し訳ない。練習の時間をもらえたら、こんど会うときにまでマスターしておくよ」とのことであった。近年は同じくガレスピー同窓生であるマイケル・ハウエル(彼は「ヴィレッジ・レストラン」のブランチ・タイムに演奏している)との2ギターでプレイすることも多いというガファ。やはりガレスピー門下のピアニスト、マイク・ロンゴもニューヨークで健在だ。ガレスピーが亡くなって15年、彼の息子たちはますます旺盛に活動を続けている。
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