『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム! |
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第40回 ジャズ・ピアノでパウエルといえば普通「バド」でキマリだ。けれど、たまにはメル・パウエルも聴いてみようぜ |
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![]() LIVE AT TARO 2008年ありがとう、2009年こんにちは、という時期になった。早いものである。 ![]() BLOOD その気分を持続しつつ、今回の本題であるメル・パウエルに話を移す。いわゆるスイング〜中間派ピアニストのひとりに数えられてはいるものの、そのプレイには豪快なスイング感も、小粋なくつろぎも感じられないという不思議な奏者だ。リズムもコードも無視したような不思議な和音を敷き詰めるかと思えば、突如打楽器的、雨だれ的に単音を連打する。僕がメルのレコードを初めて聴いたのは、キングレコードがヴァンガード・レーベルの「中間派作品」を大量にLP復刻した90年代初頭であったが、こんな「ヘン」なピアニストがいて、しかもスイング系の音楽家として認められているという事実に、かなり驚かされたものだ。「スイングしないピアニスト」といわれるデイヴ・ブルーベックと、「スイング系ピアニスト」と認知されているメル・パウエルの間には、どれほどの差があるというのだろう? ◇ ◇ ◇ 本名メルヴィン・エプスタイン。1923年2月12日、マンハッタンで生を受けたロシア系ユダヤ人である。子供の頃ブロンクスに移り住み、ヤンキー・スタジアムの近所で成長。野球選手にあこがれることはなかったが、観戦は生涯を通じて大好きだったという。4歳でピアノのレッスンを始めて以来、クラシック一色の生活だったが、弟がジャズ好きだったため、しだいにメルの関心も広がった。そして37年、ブロードウェイのパラマウント劇場でベニー・グッドマン・オーケストラの生演奏を体験する。彼の視線はピアニストへとひきつけられた。以来、テディ・ウィルソンはメルの大きな目標になる。 ![]() BENNY GOODMAN 除隊後はふたたびグッドマン・オーケストラで活躍。同僚には、まだ10代のスタン・ゲッツがいた。46年1月に録音された「フーズ・ソーリー・ナウ」のアレンジなど、妙に不協和音がかった曇り気味のハーモニーに支配されていて驚く。もっともグッドマンという男、“キング・オブ・スイング”と呼ばれた国民的スターではあったものの、人気絶頂のころにバルトークの現代音楽を演奏したり、人種隔離はなやかりし時代に黒人ミュージシャンをレギュラーで起用したり、エディ・ソーターの野心的(当時としては超前衛)なアレンジを採用したり、けっこう果敢なところがある。メルもずいぶんグッドマンに背中を押されたのではないだろうか。 ![]() TWO CATS&A MOUSE このまま行けばメルは小気味よいスイング・ピアニストとして成功を収めることができただろう。が、彼は再び学びの徒となる。現代音楽家のパウル・ヒンデミットやアルノルト・シェーンベルクに師事し、ハーモニー、作曲などを再習得。学位をとった後は、みずからも音楽大学で教え始めた。先に触れたヴァンガード・セッションは、いわば教職にあったメルを、もう一度ジャズ界の表舞台に引っ張り出した記録といえる。 ![]() Bandstand ![]() Return Of Mp スイングしているかといえば「否」だ。しかし彼は自分の血に忠実な音楽をやっている。そこがいい。 ジャズ界にふんぎりをつけたメルは、57年から69年までイエール大学にも所属した(ということは、ベーシストのスティ−ヴ・スワローがこの時期のメルを知っている可能性は高い)。その後はカリフォルニア・インスティテュート・オブ・ジ・アーツで教え、それと並行して弦楽四重奏やオーケストラのための作品を書き続けた(そのほとんどは無調なのだという)。「Duplicates」という楽曲はピュリッツァー賞に輝き、メル・パウエルの名はミルトン・バビット(最近、ザ・バッド・プラスが彼の曲をカヴァー)やピエール・ブーレーズと並び称されるまでになった。 が、往時の彼を知るジャズ界の仲間たち、唐突に消えた才能を惜しむリスナーは、あくまでジャズ・ピアニストとしてのメルの再起を望んだ。その願いが通じたのか、87年にフランス⇔ノルウェー間の船上でおこなわれたジャズ・クルーズに登場したメルは、ベニー・カーター(アルト・サックス)やミルト・ヒントン(ベース)らと、つかの間のセッションに興じた。彼が亡くなったのはそれから約10年後、1998年4月24日のことである。 |
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原田和典(はらだ かずのり) 1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。 |