『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム!

原田和典のJAZZ徒然草
第39回 84歳を迎えた偉大なるハル・マキュージック大先生について、とっくりと語るぜ

今回はハル・マキュージック(マクシックと表記されることもある)について書く。
が、これ、予定になかった。別のテーマを考えていた。が、11月7日の深夜、押し寄せる感動と興奮で眠れずにいたときに、「よーし、マキュージックで行こう!」と思い立ち、プラン変更とあいなったわけである。
それはなぜか。やや長くなるが順を追って説明する。

11月6日と7日、僕は武道館で夢のようなひとときを過ごした。初日は音楽ライターとして足を運んだ。ステージや客席を努めて俯瞰でとらえ、メンバーの動き、ステージやMCの展開、演目などをメモ魔のように帳面に書いた。武道館には1万人超のファンがつめかけたそうだが、来ることのかなわなかった世界中のパフューマーが当然、その何千倍もいるわけで、いかに克明に当夜の様子を伝えることができるか、ものすごいプレッシャーを感じながら4500字の原稿を仕上げた。そして二日目は単なるいち愛好家として、ただひたすら彼女たちの音楽に浸りに出かけた。叫び、踊り、飛び跳ねるには武道館の通路はいかにも狭いが、新旧名曲の連発に2時間半が一瞬で過ぎた。

ところでこの日、僕は友人2人と待ち合わせて公演に赴いた。3人揃ったのは午後4時ごろだったか。開場まで時間があったので、ひとつ士気を高めようということになり、そのうちのひとりがお気に入りであるところの喫茶店に入った。2人がコーヒーとチョコレート・ケーキを頼んだので僕もそうした。「チョコレイト・ディスコって感じですね」とかいいながらみんなで同じものを食べて飲んで、「どの曲の、どこに入っているヴァージョンが好きか」、「どの曲の誰が傑出しているか」、「なんであんなに素晴らしいのか」、などと楽しく語り合っていたら・・・
ジャズが聴こえてきた。サックスとギターの洒脱なアンサンブルだ。速いテンポに乗って、ものすごく軽やかなアルトの音色が流れてくる。
「これ、誰ですか?」
ひとりが尋ねてきた。彼らは僕がジャズに関する物書きであることも知っているのだ。耳を澄ます。この音色、確かに覚えがあるぞ。が、ミュージシャンの名前が頭に浮かばない。

EASTCOASTJAZZVOL7
EAST COAST JAZZ VOL.7ム
次の曲になった。「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」。
情感タップリなのに、決してべたつかないプレイ。端正な音と美しいフレーズ。これみよがしのところがまったくない、さわやかなまでの地味さ。
わかった、ハル・マキュージックだ!
僕は会話の軌道を変えてもらい、マキュージックがいかに素敵でかけがえのないサックス奏者であるか、この作品がどんなに味わい深いかをとうとうと語った。
落ち着いて考えてみれば、この日、この喫茶店に行ったことも偶然。ハル・マキュージックがかかったことも偶然。「武道館公演に3人で行く」という大前提がなければ、確実に何も起こらなかった。
そう、すべてはPerfumeのおかげである。

◇  ◇  ◇

最近は80代でも元気なミュージシャンが多いが、マキュージックもそのひとりだ。とはいっても人前でジャズを演奏したのは1950年代を最後に殆どなく、現在はレッスン・プロのような生活と伝えられる。1924年6月1日、マサチューセッツ州Medford生まれ。父は農場を経営していたという。8歳のクリスマス・イヴに母親からクラリネットをプレゼントされ、9歳で学校のバンドに参加。15歳の頃にはボストン近郊でプロ活動を始めた(しかも自分のグループで)。譜面が読めて各種サックスもクラリネットもなんでもござれ、しかもアドリブができるマキュージックはたちまち売れっ子になり、40年代のほとんどをビッグ・バンドで過ごす。
42年、レス・ブラウン楽団にハンク・ダミコの後任として参加したのを皮切りに、ウディ・ハーマン、ボイド・レイバーン、アルヴィノ・レイクロード・ソーンヒルエリオット・ローレンスバディ・リッチといったバンド・リーダーのもとで腕を磨いた。なかでもレイバーン楽団にディジー・ガレスピー(トランペット)、ベニー・ハリス(同)、オスカー・ペティフォード(ベース)など当時の“前衛派”がいたことは、マキュージックに大きな刺激を与えたようだ。ちなみに彼が入って間もない44年8月、レイバーン楽団は滞在先で火事に遭い、ほとんどの譜面を失ってしまった。その中にはレコーディングされていなかったものも多かったという。どれだけ多くの野心的な響きが幻のままに終わってしまったのか、考えただけでも悔しくなる。リッチ楽団でマキュージックはウォーン・マーシュ(テナー・サックス)やジミー・ジュフリー(同)と並んで演奏したそうだが、とにかく40年代のモダン・ジャズ系ビッグ・バンドアーティ・ショウ、ベニー・グッドマンチャーリー・バーネットジーン・クルーパ等の“バップ”・バンドを含む)については、まとまった録音があまりにも少なすぎるのが難点だ。
よって、マキュージックのプレイをたっぷり聴こうというのであれば、どうしても50年代に録音された作品に軍配があがる。彼がリーダー・アルバムを次々と吹き込んだのは1950年代半ばから後半にかけて。ジャズ界が10インチから12インチLPと移り変わり、ステレオ録音が普及し始めるまでの間のこと、といっていいだろう。


◇  ◇  ◇

1)● ジュビリー盤『ハル・マキュージック・プレイズ、ベティ・セント・クレア・シングス』 1954
復刻盤LPを持っていたが、いま手元にない。マキュージックのプレイはクラリネットが強く印象に残った。ベティの歌は適度にドスが利いていてうまい。

2)● ベツレヘム盤『イースト・コースト・ジャズ』 1955
バリー・ガルブレイス(ギター)との名コンビがたっぷり楽しめる1枚。アドリブ重視ではなく、曲の構造がまず先にあり(譜面の量が多く)、その中に即興パートをちりばめながら、おだやかに静かに沸騰していく様式は、驚くほど現代NYジャズと近いのではないか、と僕は思う。ぜひともジェローム・サバーグ『ノース』、ビル・マケンリー『ロージズ』あたりを参照しながら聴いていただいたい。アレンジはマニー・アルバムが担当。

20世紀のドローイング・ルーム
3)20世紀のドローイング・ルーム
3)● RCA盤『20世紀のドローイング・ルーム』 1955
彼の実力からすれば遅すぎたぐらいのウィズ・ストリングス作品。アレンジは引き続きマニー・アルバム。演奏の質は高いのだが、クリフォード・ブラウンチャーリー・パーカーの同工作のような俗っぽさに欠けるところが、個人的には物足りない。別に「煙が目にしみる」や「サマータイム」をやれ、とまではいわないが、ちょっと突っ張り気味なのではないか。



4)● RCA盤『ジャズ・ワークショップ』 1956
RCAのジャズ部門を代表する同名シリーズの1枚(ほかにジョージ・ラッセル、マニー・アルバム、ビリー・バイヤーズなどがあり)。アレンジャーのひとりとしてギル・エヴァンスが名を連ね、のちにプレスティッジ盤『ギル・エヴァンス・プラス・テン』で再演する「ジャンバングル」をとりあげている。マキュージックの真綿のような音色と、ギルの幻想的なアレンジの相性は最高!

ジャズ・アット・ジ・アカデミー
5)ジャズ・アット・ジ・アカデミー
5)● コーラル盤『ジャズ・アット・ジ・アカデミー』 1956
バリー・ガルブレイスとのコンビをフィーチャーした作品だが、ベツレヘム盤とは異なりジョージ・ラッセルのアレンジも採用されている。ところでこの作品、ほぼリアルタイムで日本グラモフォンから国内盤が出ている。昭和30年代初頭の日本で、こんなハイブラウなレコードを聴いていたひとはどのくらいいたのか?


6)● コーラル盤『クインテット』 1956
アート・ファーマー(トランペット)、エディ・コスタ(ピアノ)が参加。いわゆるハード・バップ的な楽器構成ではあるが、1曲あたりの演奏時間は短く、きっちりアレンジされている。とはいっても同時期の西海岸ジャズ(ビル・ホルマンとか)のような息苦しさがないのはさすが。生き馬の目を抜くニューヨークではホンモノしか通用しないのだ。

トリプル・エクスポージャー
7)トリプル・エクスポージャー
7)● プレスティッジ盤『トリプル・エクスポージャー』 1957
もっともアドリブに比重がおかれた1枚といえるだろう。ベースがポール・チェンバース、ドラムスがチャーリー・パーシップというのも異色だ。白人ジャズに抵抗を感じる方は、このあたりからマキュージックを攻めてはいかがか。タイトルは彼がアルト・サックス、テナー・サックス、クラリネットの3楽器を演奏していることにちなむ。


クロス・セクション
8)クロス・セクション
8)● デッカ盤『クロス・セクション』 1958
マキュージックは1945年にチャーリー・パーカー(アルト・サックス)と知り合った。音色の美しさを褒めてくれたことが忘れられないという。53年には一緒にレコーディングもしている。そのパーカーの死から3年を経て録音された本作では、代表曲「ナウズ・ザ・タイム」をカヴァー、パーカーのソロをサックス・アンサンブルで(ハーモニーをつけて)演奏している。が、それよりもなによりも、このアルバムで異様なのは若きビル・エヴァンスのピアノ。この尖りは何だ。明らかにマキュージックが刺激され、しゃかりきになって吹いていることがわかる。

以上8枚と、ジョージ・ラッセル『ジャズ・ワークショップ』(RCA)、オムニバス盤『ブランダイズ・ジャズ・フェスティヴァル』(コロンビア)あたりが僕にとって最も鮮烈なハル・マキュージックの姿である。
1958年、彼はCBS放送局のスタッフ・オーケストラに加入し、72年までそこで働いた。もっと長くジャズの最前線で活動してくれていたら、ポール・ブレイやドン・エリスあたりと組んで何かとんでもなくすごいことをやっていたかもしれないし、マサチューセッツ人脈ということでサム・リヴァースとコラボレーションを聴かせてくれたかもしれない。そう考えると、34歳での“勇退”は、いかにも惜しい。残されたジャズ作品が充実しているだけに…

 
このコーナーの単行本『原田和典のJAZZ徒然草 地の巻』(プリズム)が遂に10月30日に発売されます。連載20回目までをリマスター&リミックスのうえ収録し、さらに新原稿を全体比の40%ほど加えたリリースです。ウェブ上とは一味も二味も異なる「徒然草」が味わえます。定価も1,050円とお手ごろです。恍惚の表情を浮かべる「もちねこ」の表紙をみたら、ぜひお求めくださいませ! 次回、続報をお知らせいたします。
ジャズ・サックスのアルバム550点以上をコメントつきで掲載した『THE DIG PRESENTS DISC GUIDE JAZZ SAX』(シンコーミュージック)も好評発売中です。むろんハル・マキュージックもフィーチャーされています。ドクロの帯のかかった本を見つけたら、ぜひレジに運んでいただければと思います。 猫が登場するレコードやCDのジャケット(いわゆる“猫ジャケ”)約200作をオールカラーで紹介した『猫ジャケ 素晴らしき"ネコード"の世界: レコードコレクターズ増刊』(ミュージックマガジン)も好評です。作品解説はすべて僕が担当しております。今年の秋は猫とドクロで!
原田和典(はらだ かずのり)
1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。

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