『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム!

原田和典のJAZZ徒然草
第35回 ニュー・ランゲージ・フェスティヴァル」に参加して、すっかりハイになっちまったぜ

ニューヨークの6月はジャズ好きにとって、いや、すべての音楽好きにとって、たまらないシーズンといえるだろう。
なんたって気候がいい。英語圏にはジューン・ブライドという言葉があるが、これはずばり、さっぱり・あっさりした温度と湿度の6月こそが結婚式には最適だということを示している。だが同じことを日本でやろうとすると、まさしく梅雨のド真ん中(北海道は除く)。新郎も新婦も参列者もグジョグジョでベトベト状態になるはずだ。
もっとも、最近では地球温暖化の影響か、ニューヨークもやたら暑い日が続いたり、スコールのような大雨が突如として降り注ぐこともある。僕の出かけていた時期がそうだった。空港を出ると、電子温度計のようなものが「100度」を指していて、いきなりたまげた。向こうは華氏で温度を表すので、日本で使われている単位(摂氏)に直すと38度ぐらいになるのだが、まあ、とにかく暑さにびっくりである。

とはいえ6月に出かけると、街を歩くだけで音楽に包まれているような気分になる。それほどこの時期のニューヨークは音楽的だ。ジャズ関連に限っても「ヴィジョン・フェスティヴァル」、時計メーカーがスポンサーを務める無料ライヴ「ORISライヴ・ジャズ」、有名な「JVCジャズ・フェスティヴァル」があるし、レコード店「J&Rミュージック・マート」でも無料のジャズ・ライヴを楽しめる。セントラル・パークやブルックリンのプロスペクト・パークでも、あっと驚くアーティストがフリー・コンサートを繰り広げているのだから嬉しくなるし、体がいくつあっても足りないよと悲鳴をあげたくもなる。あ、そうそう、保守的だの古臭いだのといわれているJVCだって、今年はティム・バーンとクレイグ・テイボーンのデュオ、バッド・プラスカート・ローゼンウィンケルの共演とか、食指をそそるイヴェントがけっこうあったではないか。なんだかんだいってもアメリカのジャズ・フェスは、懐メロ・フュージョンとスタンダード・ナンバー(といいつつ、アクチュアルな場ではもう誰も取り上げていない)の助けを借りる必要などハナからないのだ。

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リヴィング・シアターのネオン
リヴィング・シアターのネオン

さて、今回とりあげるのは「ニュー・ランゲージ・フェスティヴァル」だ。いわゆるロウアー・イーストサイドと呼ばれる地区、アヴェニューBをずっと南下し、ハウストン・ストリートを突っ切ったところから始まるクリントン・ストリートに、ちょこんとある狭い階段をずっと降りていくと、もうそこは会場「リヴィング・シアター」(21 Clinton Street)の入り口だ。その名が示すように普段は前衛演劇やコメディ、ダンスの発表会などをやっている小劇場なのだが、6月12日から14日の3夜は音楽に満たされた。


クリストフ・ノッチ、デヴィッド・ビニー
クリストフ・ノッチ、デヴィッド・ビニー
ブルース・アイゼンベイル
ブルース・アイゼンベイル
アンドリュー・ドゥルーリー
アンドリュー・ドゥルーリー


事前に手に入れたハガキには「新しいジャズの言語を追求する意欲的ミュージシャンが結集した試み」と書いてある。入場料は各日10ドル、だけど通し券を買えば25ドルで済む。出演者はギタリストのマイルス・オカザキ率いる“ミラー”(他のメンバーはデヴィッド・ビニー、クリストフ・ノッチ、ハンス・グラウシュニク、ダン・ワイス、そしてなぜか告知にはなかったスティーヴ・コールマンの彼女が参加し、大フィーチャーされて歌いまくる。これにはまいった)、活動を再開したESPディスクの契約アーティストである“トーテム”(ブルース・アイゼンベイル:ギター、トム・ブランカート:ベース、アンドリュー・ドゥルーリー:ドラムス。ドラマーは床に大きなトタン板のようなものを敷き、さかんに踏んづけていた)、女流トランペット奏者イングリッド・ジェンセンを含む“ダーシー・ジェームズ・アーギュズ・シークレット・ソサエティ”、

ジェラルド・クリーヴァー
ジェラルド・クリーヴァー
アイヴィン・オプスヴィーク
アイヴィン・オプスヴィーク
マイケル・フォーマネク
マイケル・フォーマネク

トニー・マラビー + マット・ブルーワ + ジェラルド・クリーヴァー、クリス・スピード + スクーリ・スヴェリッソン + ジム・ブラック、タイシャン・ソーリー・バンド、アーロン・アリ・シャイクー + マイケル・フォーマネク + ランディ・ピーターソン、ジャクソン・ムーア + アイヴィン・オプスヴィーク + エリック・マクファーソンなどなど。このコーナーをわざわざ読みに来てくれているあなたなら、大半の名前はご存知だろう。

なかでも僕が最も楽しみにしていたのがタイシャンのバンドだ。彼は超多忙のドラマーだが、トロンボーン奏者、ピアニスト、そして作曲家としても驚くほどの才能の持ち主であり、とにかく彼自身のバンドが演奏する彼の曲を生で味わいたかったのだ。とくに近年、タイシャンの作曲家としての躍進は恐ろしく目覚しい。フィールドワークの最新作『ドア』でも半数に及ぶ曲を書き、アルバムのどうしようもない重さに大きく貢献していた。はっきりいって、彼の曲はしんどい。もちろんそれだけに聴いたあとのカタルシスは格別であるが、とにかくこんな、ややこしく沈みきった曲を彼は脳のどこで発想しているのだろうと本当に不思議になる。この日は新曲「Wu-Wei (Chapter Three)」が世界初公開された。照明を最小限にしているので、ミュージシャンはシルエットとして見えるだけ。深海の中にいると、こんな視界になるのかもしれないなあ、とふと思った。タイシャンの姿はシルエットで見てもやっぱり大きい。
メンバーの誰もが、楽器を演奏するようには楽器を演奏しない。トロンボーンのベン・ガーステインは吹くよりもスライドを伸縮させる音や、息もれのような響きを出すことに集中し、トッド・ニューフィールドはギターの弦をこすり、たたき、時にアンプの音を最大にして楽器をゆらす。その振動を弦が拾い、ワーンと共鳴したところを、こまめにエフェクターでコントロールする。ベーシストのクリス・トルディーニも、やっていることは大して変わらない。タイシャンは通常のドラム・セットを使っていたものの、とにかく、いかに小さい音を出すかということしか考えていないかのように、シンバルをこすり、スネアをなでた。しかしメトロノーム級の正確さで、ときおり全員が一緒にデカい音(8分音符ひとつ分ぐらい)をユニゾンで出す。そこではタイシャンも思いっきりバスドラを踏んでいたが、ほかはほんとうに、息をするのもはばかられるほどの小さい音で演奏が展開された(イギリスのフリー・ジャズ・ユニット、AMMのライヴを聴きにいったときのことを思い出した)。最後の音が消え、“サンキュー・フォー・カミング”というタイシャンの声と同時に場内が明るくなったとき、深い安堵が会場のあちこちで漏れたことはいうまでもない。

やることなすこと絶好調のトニー・マラビーは、前のバンドがプレイを終えるや否や直ちに楽器を組み立て、客席の隅っこで音を出している。ステージに出る前から彼の中ではすでに音楽が始まっているのだ。ブルーワとクリーヴァーも大急ぎで楽器をスタンバイする。演目は一種の組曲といっていいだろう。マラビーはテナー・サックスとソプラノ・サックスをめまぐるしく持ち替え、さまざまなモチーフ(おそらく20はあったはずだ)を用いながら演奏を繰り広げる。最初の数分こそ僕は、持ち替えはいいからテナーでとことん行ってくれ、と思ったけれど、やがてマラビーの渦に飲み込まれてしまった。いつでも彼は、その場にふさわしいことを、じっくり、たっぷり、やるのだ。クリーヴァーのドラムスも反応の塊と化してマラビーに突っ込んでゆく。このふたりに囲まれたブルーワも、ゴリンゴリンに力強い音で応戦。明らかにマラビーとクリーヴァーが彼から凄みを引き出しているのがわかる。ブルーワが、これほどの逸材だとは今の今まで思わなかった。今後ふたりと継続的に演奏すれば、ブルーワのポテンシャルはさらに開花するだろう。
マラビー・トリオと同じくらい熱狂的な喝采を受けていたのがクリス・スピード、スクーリ・スヴェリッソン、ジム・ブラックによるパフォーマンスだ。この3人の関係は実に緊密である。彼らが関わっているバンドを列記してみよう。

パチョーラ:クリス・スピード、ブラッド・シェピック、スクーリ・スヴェリッソンジム・ブラック

アラスノーアクシス:ジム・ブラッククリス・スピード、ヒルマー・ジェンソン、スクーリ・スヴェリッソン

イエー・ノー:クオン・ヴー、クリス・スピードスクーリ・スヴェリッソンジム・ブラック

ブラッドカウント:ティム・バーン、クリス・スピード、マイケル・フォーマネク、ジム・ブラック

ジム・ブラック、クリス・スピード
ジム・ブラック、クリス・スピード
つまりこの日の組み合わせは(パチョーラもしくはアラスノーアクシスもしくはイエー・ノー)マイナス・ワンであり、(ブラッドカウント)マイナス・トゥー・プラス・ワンでもある。気心の知れた間柄であることは間違いない、だけど演奏の場では友情も小休止。だからマンネリにならないし、なあなあの雰囲気もない。あるのは鋭い音の斬り合いだけだ。

スヴェリッソンが2本のベースを持ってきたところで、少なくとも2曲は演奏するだろうという予想がつく。
スクーリ・スヴェリッソン
スクーリ・スヴェリッソン
だけどスピードはクラリネットを持参せず、テナー・サックス1本で、ほぼ休みなく吹ききった。マラビーが現代のサキソフォン・コロッサスだとすれば、スピードは21世紀のシーツ・オブ・サウンド。タイプは違うが、どちらが欠けても今のジャズ・サックス界は成立しない。160センチに満たないであろう小柄なスピード、しかしその音は大きく豊か。NYではマイクを必要とするミュージシャンなどお呼びじゃないのかもしれない。スピードの一気呵成の吹きまくりにブラックの千変万化のドラムスが絡み、妙にシュールなスヴェリッソンのベース・ワークがリズムとメロディの間を行ったり来たりする。
実を言うとこの日、僕は会場の最寄り駅である地下鉄Fトレイン「Lower Eastside 2 Ave」駅を出て間もなく、とてつもない豪雨にやられていた。服はびしょぬれ、靴の中は水でガッポガポになった。少し雨宿りをしてから「リヴィング・シアター」に向かったが、寒気はずっと引かなかった。だからセットの合間にはホットコーヒー(というよりも、コーヒー味の湯)をチップ込みの2ドルで作ってもらい、何杯も飲んで体を暖めていたのだが、スピードたちの演奏を聴いていたら体が熱くなってきて元気もりもり、なんだかウォーと叫びたくなってくるではないか。終演時間は午前1時を過ぎていたが、このまま朝までマンハッタン中をシャウトしながら走り回りたいと思ってしまうほど、ハイになってしまった。
こんなイヴェントを体験してしまったら、今のジャズがつまらないなんて、まるで嘘っぱちだということが超強力にわかる。

ぼくの最新刊『新・コルトレーンを聴け!』(ゴマ文庫)が遂に出ました。ディスクユニオン各店でも好評発売中です。あっと驚く新発見音源を多数追加、既発表の文章もリマスターが施されています。価格もお手ごろなので、御購入いただけるととても嬉しいです。『清志郎を聴こうぜ!』(主婦と生活社)もバリバリに発売中です。また、監修制作中の『THE DIG DISC GUIDE JAZZ SAXOPHONE』(シンコーミュージック)も、近日中にはお届けできるはずです。どうか御愛顧をお願い申し上げます。 原田和典(はらだ かずのり)
1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。

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