『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム!

原田和典のJAZZ徒然草
第3回 ジョーイ・バロンのタンス叩きにすっかりドギモを抜かれちまったぜ

またニューヨークの話題である。

だって好きなんだもん。ローリング・ストーンズ風にシャウトすればライキッライキッイェッサイドゥーということになるかな。物価は確かに高い。交通渋滞も東京並みだ。だけどその雑然としているところ、グジョグジョのところが愛しいのはどうしてか。人の“気”が街角や道路に満ち満ちてモワモワしているのもいい。鼻をつまみたくなるような人間臭さがある。オシャレじゃないところが実にオシャレだ。摩天楼? 自由の女神? ティファニー? 高級ホテルのラウンジから見える夜景? 悪いなあ、ほかをあたってくれよ。

6月から7月のニューヨークは、そこらじゅうでジャンルを問わずフリー・ライヴがおこなわれている。無料のイベント自体は日本でも少なくない。僕の数少ない経験に照らし合わせるとディスクユニオン新宿店の梅津和時のステージ、タワーレコード渋谷店前の通路を練り歩いたワールド・サキソフォン・カルテット、パルテノン多摩の特設ステージで見たハナ肇オーバー・ザ・レインボーなどは実に強烈だった。とくにハナさん(敬愛しているので、さん付けで呼びたい)はこのステージの数ヵ月後に亡くなってしまったので思い入れもひとしおだ。あのとき生で「あっと驚くタメゴロー」が聞けて本当によかった。トロンボーン・セクションには谷啓さんがいて「ガチョン」もやってくれたよなぁー。だけどNYで無料ライヴを見る気分は格別なのだ。なんたってNY在住のミュージシャンがひょっこりやってきて演奏してくれるのだから。それも平日の昼から、ガンガンだもの。

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ニューヨークにつくと僕はまずレコード店に行き情報を入手する。おや、明日は昼からFMの公開放送があるじゃないか。場所は57丁目のトルノー(現地の人はトーノーという)時計店か。へぇー、あのマドンナエリック・クラプトンの部屋もあるという成金トランプ・タワーのそばでやるのか。翌日、早起きした僕は開演かなり前に到着、ジェリ・アレン・トリオをリハーサルから見た。メンバーはアレンのピアノに、ルーベン・ロジャースのベース、マーク・ジョンソンのドラムス。ちなみにドラマーのスペルはMark Johnsonという。有名なベーシストMarc Johnsonとは関係ない。ドラムのマークはジャッキー・マクリーンのバンドで来日したことがある中堅だ。そこにサプライズ・ゲストとしてアレンの夫であるウォレス・ルーニー(アレンは彼の苗字をロニーと発音)が加わった。アレンとウォレス、ふたりはもう見つめっぱなし。アレンは最近もウォレスのバンドやチャールズ・ロイドのカルテットで来日していたが、自分がリーダーになって日本で演奏したことはまだ一度もないように思う。十数年前のチャーリー・ヘイデンポール・モウティアンとの来日公演も中止になってしまったし。それだけに最新作『ライフ・オブ・ア・ソング』からの曲を中心に、彼女のオリジナル・ナンバーをたっぷり聴けたのはうれしかった。最近のアレンにはマイナー・ミュージック、JMT、DIWに吹き込んでいた頃の尖り、叛骨は余り感じられない。スティーヴ・コールマンの傘下で、M-BASEの女帝の座をカサンドラ・ウィルソンと二分していた頃が懐かしい。そこが残念といえば残念だが、ラブラブの夫、かわいい盛りの娘&息子に囲まれて6月の暖かな日差しを浴びていればそれも仕方がないか。ウォレスは曲によって2本のトランペットを持ち替えた。トランペットとフリューゲルホーンの持ち替えはよくある話だが、ペット2本のそれは珍しい。いつだったかやっぱりニューヨークでルー・ソロフが2本のトランペットを使い分けていたのを見て以来だ。

公開録音だったので1時間かっきりで終了。すぐそばのセントラル・パークまで足を伸ばす。そして園内にあるセントラル・パーク・ズーに6ドル払って入る。ウキちゃんと再会するためだ。


ウキちゃん

ウキちゃん

ウキちゃん・・・初めてこの名前を知る人も多いだろう。正確にはコットントップ・タマリンという。コロンビア出身。顔が小さく黒く、その上に獅子舞のような白い毛が生えている。動きはむちゃくちゃ速く、僕がまばたきをしている間に100メートルぐらい移動することもある。おそらくマッハの領域ではないか。ゴンサロ・ルバルカバのピアノもイングヴェイ・マルムスティーンのギターもレイザーラモンHGの腰の動きもウキちゃんの前ではタジタジだろう。僕は初めてこの動物園に行ったときからウキちゃんに魅了され、会うことを一方的に楽しみにしている。このくらいの速度で生きてみたい、と切実にあこがれているのである。そして今回、半年ぶりの生ウキちゃん。ちょうどエサを食べている時間だった。


ウキちゃん
係員のおねいさんが必死にエサをやっている。おねいさんがエサの入った皿を台の上におくと、次の瞬間、皿の中のものはもうなくなっている。ウキちゃんの行動があまりにも速いので、肉眼では捉えきれないのだ。なぜこんなに速いのだろう。たまに動きが止まるときがあって、やっと写真がとれたが、もうウキちゃんに会えたのがうれしくて30分ぐらいコットントップ・タマリンがいる場所の前でニヤニヤしてしまった。こんなにわたくしの心を掴んだ哺乳類・霊長目・真猿亜目・広鼻猿下目・オマキザル上科・マーモセット科はウキちゃんのほかにいない。

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バーント・シュガー

さてそのセントラル・パークでも無料コンサートが開かれた。バーント・シュガーというグループと、ウィル・キャルフーン(カルホーンではない)〜ファラオ・サンダースグレアム・ヘインズのスペシャル・バンドだ。じつは同じ日、ブルックリンのプロスペクト・パークではザ・バッド・プラスチャーリー・ハンター・カルテットジェームズ・カーター・オルガン・トリオの無料ライヴがあった。僕は迷いに迷ってセントラル・パークを選んだが、プロスペクト・パーク公演にも後ろ髪をひかれ続けた。まったくもう、同じ日の同じ時刻にどうしてライヴをぶつけるのだろう。日にちを考慮してくれればいいものを。だって絶対にファンはダブっているでしょう。特にファラオジェームズあたりは。僕のような思いをしてどちらか1つに泣く泣く絞った音楽好きはすごく多いのではないかと思う。

セントラル・パーク公演はバーント・シュガーから始まった。これはグレッグ・テイトを中心にした大編成のバンドで、2004年「ヴィジョン・フェスティバル」に出演したときの模様は僕が昔いたジャズ批評という雑誌の04年9月号にレポートしてある。そのときはヴィジェイ・アイヤーがシンセサイザーを弾きたおしていたが、この日のバーント・シュガーは野外公演のためか、よりヴォーカル、ラップ、ダンスを重視したステージだった。大人数の大騒ぎエンタテイメントという点で日本が世界に誇る渋さ知らズに通じるところもあるが、あのヒンの良さには達していない。逆に僕は渋さは本当に偉大だなあ、と改めてセントラル・パークの空気を吸いながらシミジミ思ったのである。


ウィル・キャルフーンー
場内が暗くなりかけると、いよいよウィル・キャルフーンたちの登場。元リヴィング・カラーの、という形容はもう不要か。ジャズへの愛を全開にしたリーダー作をドシドシ出してるウィルは、しょっぱな「アフロ・ブルー」から、まさにエルヴィン・ジョーンズが取りついたようなプレイで他のメンバーを鼓舞しまくる。グレアム・ヘインズのコルネットが本当にいい。ふくよかな音色、尽きないアイデア、それでいて“意義申し立て”的なフレージングも欠かすことがない。
僕はグレアムのラッパが大好きで、アルバムも15年ほど前のミューズ盤からチェックしているが、彼のような逸材が正当に評価されないシーンなんてニセモノだ。

ヴィジェイ・アイヤー
そういえば彼もスティーヴ・コールマン傘下から出てきたのだった。

ヴィジェイ・アイヤーもそうだ。すごいぞ、コールマン。マキシマム・リスペクトを一方的に捧げたい。ファラオ・サンダースも、日本での不調がうそのように(僕はここ12年の間に何回か彼の来日公演を見たが、満足できたことは一度もない)元気にして快調。ウェイン・ショーター作「ネフェルティティ」でのブロウは、沁みた。ファラオ、まだまだやってくれそうだ。


ロビン・シュルコウスキー
42丁目グランド・セントラル駅構内にある「ヴァンダービルト・ホール」では、ロビン・シュルコウスキーが木材で作ったパーカッションを叩くコンサートがおこなわれていた。レイ・アンダーソン(トロンボーン)、ガイ・クルセヴェク(アコーディオン)、スティーヴ・カーデナス(ギター)など日替わりでゲストが登場したようだが、僕が見たのはデイヴ・ダグラス(トランペット)の日と、グレッグ・コーエン(ベース)の日。つまりジョン・ゾーン“マサダ”からゾーンを除く3/4を無料で体験できたのだ。しかしバロンはドラムではなく木材を叩く。さまざまな大きさのタンスを、手やマレットや大きなハケや黒板消しのようなもので叩いていく図を想像してもらえばいい。そこにダグラスコーエンが自由自在にからむのだ。それにしてもダグラスのトランペットはすさまじくクールで、熱く歌っている。途中「サマータイム」を朗々と吹いたが、本当に素晴らしい。彼のトランペットは、なんか心の奥に火をつけてくれるのだ。グレアム・ヘインズのところでも書いたが、こういうラッパが支持されないシーンは信用できない。ダグラスに、またしても惚れてしまった。


デニス・ゴンザレス
バワリーのレコード店「ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー」ではもうひとり、凄腕のトランペッターを聴いた。デニス・ゴンザレスだ。マーティ・アーリックなどNYジャズの良心と共演するかたわら南アフリカのタウンシップ・ジャズ(ルイス・モホロなど)にも人脈を広げ、かと思えばシカゴAACMのダグラス・ユアートなどとも共演、イギリスのキース・ティペットエルトン・ディーンとも素敵なアルバムを残す魅力的な男。彼のCD即売ライヴがまた、すごかった。ベース〜ドラムスをバックに極限まで吹きまくる姿はトランペット奏者の鑑であろう。今この瞬間に賭けるためなら一切なりふりかまわない表現。ハングリーな衝動を生のままつきつけてくるような、刃と隣り合わせの音楽。これこそがやっぱりNYジャズなんだ、ということが以前にも増してよく体感できた無料ライヴの日々であった。

大阪に行ってきた。カレーそばのうまさに、ほっぺたが落ちる。落ちたほっぺたが暴れまわったので、それを拾って顔にとりつけるのが大変だった。ざるうどんのうまさに、鳥肌が立ち、いつしか頭の上にトサカができて卵を産み落としてしまった。というのはウソだが、とにかく食べ物がうまい! 思いっきり音を出して、すすってきた。ズルズルズルと、ベン・ウェブスターのテナー・サックスのような音を出して、うどんをたらふく味わった。 原田和典(はらだ かずのり)
1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。

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