『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム! |
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第23回 初夏のマンハッタンでスティーヴ・リーマンのサックスが鶴のように舞ったぜ |
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![]() グリニッチ・ヴィレッジ猫 飛行機に乗ることは嫌いではない。もともと高いところ好きである。それに自分はいま時速何千キロで雲の上を動いているのだなあと実感する気分はなかなか趣ぶかいものだ。
とはいえ、いつも時間通り安全に目的地に到着できるわけでは、もちろんない。いつだったかの“アンカレッヅ不時着”には心臓が縮む思いだったし、乱気流に巻き込まれて食後のコーヒーがカップから25センチも飛び上がったときには血の気が失せた。そして今回は、5時間遅れのフライトである。僕がいつも加入する保険は6時間ディレイになると3万円が下りるのだが、5時間では消しゴムひとつもらえない。航空会社は1500円の食事券(アルコールは不可)をくれたが、チュッパチャプス(税込み42円)を1500円分買ってなめ続けても持て余してしまうぐらい暇だ。 ![]() トニー・マラビー テナー・サックス界はマラビーの圧倒的屹立という感じがしないでもないが、アルト・サックスのほうはどうなのかというと、これがなかなかの激戦である。スティーヴ・コールマンやティム・バーンはもう別格だろう。 ![]() タイシャン・ソーリー リーマンには、やりたいことが山のようにあるのだろう。リーダー・アルバムのどれを聴いても傾向が違う。たとえば第2作の『interface』では、とにかく延々と、聴いているこちらがつい腕時計の秒針の動きを目で追い続けてしまうほどの、無限に続くかのような長時間演奏を聴かせる。といってもCDの表記を見ると最も長い曲でも19分ちょっとなので60年代のジョン・コルトレーンに比べたらかわいいものだが、まるでそれが数時間のように思えるほど、このアルバムでのリーマンは長さを長く感じさせる長いプレイをする。 ライヴ感はタップリだけれど、もし僕がプロデューサーならば、“いいプレイなんだが、あまりにも冗長な部分が目立つなあ”とつぶやきながら、かなりの箇所にハサミを入れることだろう。一方『Demian as Posthuman』は、まるで音で描いた川柳といいたくなるほどシンプルで、短めの演奏が次々と歯切れ良く出てくる。炊き立てのメシ、ほどよく焼けたシャケ、赤味噌汁の中の小さく切られた豆腐が微笑みを運ぶ、腹8分目の朝食といった感じか。リーマンの艶っぽいアルトに絡む電子音は、キュウリの浅漬けだ。 さて本日の演目は長いか短いか。結論。短かった。『interface』のライヴ感を、『Demian〜』の時間軸に圧縮してプレイしているという感じ。 ![]() Demian as Posthuman マクリーンはコネチカット州ハートフォードで「アーティスト・コレクティヴ」という学校を開いていた。多くの有望な生徒がいるのでしょうね、と僕が尋ねると、マクリーンはこう答えてくれた。“いろいろ生徒はいるが、こいつは絶対に世に出ると思う奴がいる。スー・テリー、エイブラハム・バートン、ウェイン・エスコフェリー、スティーヴ・リーマン。彼らにぜひ注目してほしい”。当時の僕はその誰をも知らなかった。だが、マクリーンの予言は当たった。上記4人は現在、ニューヨークのジャズ・シーンで多忙を極めている。あのとき「アーティスト・コレクティヴ」に入学していれば、僕は彼らの学友になっていたかもしれない。 ![]() スティーヴ・リーマン 「55バー」(55 Christopher Street)にはマイケル・ブレイクが“Morphestra”というユニットで出演していた。以前ピアノレス・トリオで聴いたときは他のメンバーとのガチンコ勝負で、肺活量の許す限りビヤビヤと吹きまくっていた感じだが、“Morphestra”でのプレイは“枯淡”というテーマを設けたのではないかと思えるほど抑制が利いていた。ブレイクは無論“ジャズ・コンポーザーズ・コレクティヴ”の一員だが、ここに所属するミュージシャンは大変にジャズ史を勉強している。だが、それが陳腐ななぞりにならず、コピーにも陥らず、必ずひとひねり加えるところがコレクティヴ団員の見識であり、逆にそれゆえいつまでも日本で人気に火がつかないのかもしれない。ブレイクもひとりでテナー・サックスの歴史を背負い込んだようなプレイをする。この日はコールマン・ホーキンス、ドン・バイアス、ラッキー・トンプソンなどに通じるラプソディックな一面を打ち出していた。 “Morphestra”の特色は、チャーリー・バーンハムの参加にもある。バーナムというカタカナ表記をされることもある彼は、80年代初頭にジェームズ・ブラッド・ウルマーの通称“オデッセイ・バンド”に所属していたヴァイオリン奏者。カサンドラ・ウィルソン、ヘンリー・スレッギルなどとも共演歴があり、ジャズ・ヴァイオリンの流れとしてはビリー・バングほど粘っこくなく、リロイ・ジェンキンスほど硬質でもない。最初のほうではブレイクの横でしきりにオブリガートを入れていたバーンハムだが、後半ではなぜかステージの奥に引っ込んで、チロチロとか細い音で弾くにとどまった。本コーナーの常連ミュージシャンのひとりであるジェラルド・クリーヴァー(ドラムス)も、おとなしくブラシをさするだけだ。むしろベン・アリソンの直下型の骨太ベースが印象に残った。まったくすごい生音だ。今のマトモなベース界は本当に逸材の花盛りで、ナイロン弦をゆるく張ってアンプで増幅したり、あやふやな音程をスラーやグリッサンドでカヴァーする奏者など、話にもならない。ドリュー・グレス、ジョン・ヒバート(エベール)、エイヴィンド・オプスヴィクなどNYジャズ界は力量のあるベーシストに事欠かないが、昨今はアリソンとオマー・アヴィタル(彼の名前Omerは、本来“オメール”と呼ぶのかもしれないが、発音を尋ねたら、“別にオマーでいいよ”と言われた)に最も興奮させられている私だ。 |
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僕の初めてのジャズ以外の本、『清志郎を聴こうぜ!』(主婦と生活社)が12月22日に発売されました。
『清志郎を聴こうぜ!』(主婦と生活社)が「ダ・ヴィンチ」、「ステレオ・サウンド」誌でも取り上げられました。定価は張りますが、700ページのドシドシ分厚い本です。後悔はさせません。清志郎のほとんどのナンバー(複数のテイクがあるものは全ヴァージョン掲載)について書いてあります。ぜひお買い求めのほどを!
『世界最高のジャズ』(光文社新書)も好評発売中です。
どちらも、どうぞよろしくおねがいいたします。
原田和典(はらだ かずのり) 1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。 |