ついこのまえ始まったばかりのような気がする2000年代がもう後半に突入している。
2006年も、あっという間に過ぎていく。
現在のジャズがつい面白くてかっこいいので、それに引きずられて毎日を勢いよく過ごしていたら、 目の前に2007年の初日の出が近づきつつあることに突如気づいてびっくり・・・・近頃の僕はそんな心理状態である。
新譜の山をかきわけ、今日はルドレッシュ・マタンサッパのアルト・サックスを浴びようか、それともオマー・アヴィタル
の豪腕ベースを聴こうかと、迷いに迷うときのうれしさよ。ニュー・レコーディングだけじゃなくて、ことしのジャズCD界はリイシューものも素晴らしかった。Think!の昭和ジャズ復刻、なかでも『松本英彦のモダン・ジャズ』、
古谷充とフレッシュメン『ファンキー・ドライヴ+民謡集』、
ジミー荒木
『ミッドナイト・ジャズ・セッション』は日本だの戦後だのというまえに超ハイグレードなジャズと断言できる。
クリフォード・ジョーダン
『イン・ザ・ワールド』の世界初CD化にも、ズドドドドドッと男の血が騒いだ。
話は変わるが「ダウンビート」誌で恒例となっている国際ジャズ批評家投票の結果が、爽快だ。この投票は大まかにいえばベテラン部門とライジング・スター(若手中堅)
部門にわかれている。僕が“首が折れてもうなずき続けたい”と思ったのは、もちろんライジング・スター部門に関してである。
ピアノ部門*ジェイソン・モラン、
ベース部門*ベン・アリソン、
フルート部門*ニコール・ミッチェル、
テナー・サックス部門*クリス・ポッター、
アルト・サックス部門*ミゲル・セノーン、
クラリネット部門*クリス・スピード、
ドラムス部門*マット・ウィルソン、
コンポーザー部門*
ヴィジェイ・アイヤー
(ジャズ・アーティスト・オブ・ザ・イヤーと同時受賞)上記のうち何人かはこの連載でもとりあげた。もちろん彼らだけが今のジャズを面白くしているわけではないし、
アイヤーはピアニストとしても最高だと思うが、保守的とか古くさいとかなんだかんだいわれる「ダウンビート」誌ですら、果敢で創造的な才能に対し、それなりに一目おいているのだからジャーナリズムの名に値する。
さらに、うれしいことにマリア・シュナイダーが
ベテラン部門で“コンポーザー”、“アレンジャー”、“ビッグ・バンド”
の三冠を達成した。06年には新譜こそ出なかったが、現在のビッグ・バンド・ジャズは依然として彼女が中心だろう。マリアに続く才人は
ギレルモ・クライン
(ギジェルモ・クレイン)か。彼はアルゼンチン出身で90年代に頭角をあらわした作編曲家、ピアニスト。 かつては
ビッグ・バング・オーケストラを 率いていたが、現在は“ロス・グアチョス” のリーダーを務めている。僕はこの6月、なにはなくともと“ロス・グアチョス” を聴きに「ヴィレッジ・ヴァンガード」にかけこんだ。予約をしなかったのは不覚だった。客席は超の字のつく満員で、文字通りの“人いきれ”がヴァンガードの 店内に漂っていた。ビル・マクヘンリー(マッケンリー) (テナー・サックス)、ミゲル・セノーン (アルト・サックス)、ディエゴ・ウルコラ (トランペット)、ベン・モンダー(ギター)、 フェルナンド・ウエルゴ(エレクトリック・ベース)、
ジェフ・バラード(ドラムス)、
ルシアーナ・スーザ
(ヴォーカル)などがバンドスタンドにずらりと並ぶ。ビッグ・バングをやっていた頃は、いわゆるラテン・ジャズ的なサウンドも聴かせていたギジェルモだが、
“ロス・グアチョス”
の音にはバンド名に反して、あからさまなラテン色は(少なくとも僕には)感じられなかった。ギジェルモはピアノのほか、曲によってはアコースティック・ギターも弾き、スペイン語の歌も歌った。
ダフニス・プリエト、ヨスバニ・テリー(左から)
ドラマーのダフニス・プリエト、
サックスのヨスバニ・テリーなど
キューバ人脈も、個人的にはすごく気になっている。ダフニスはZoho(今、最も勢いのあるレーベルのひとつ)から リーダー作を出しているが、彼はドラムス、作曲、アレンジいずれも面白い。いや、面白いというよりも、聴き手の探究心に訴える、といいかえたようが良いか。
クラーベのダシが利いたプログレッシヴ・ロックとフリー・ジャズが渾然一体となって、ファンキーに燃え上がっていく刺激的なダフニス・ミュージックは ライヴでさらに長大化する。
クリスチャン・ハウズ、ダナ・レオーン(左から)
僕は「ジャズ・ギャラリー」で彼のバンドを聴いたが、
クリスチャン・ハウズ
(ヴァイオリン)、 ダナ・レオーン
(チェロ)がエフェクターを 踏み込んでバトル状態に突入し、そこにリング・モジュレーターを通したような音色で
ジェイソン・リンドナー
のキーボード類が ぶつかり(ベーシストはいない)、ヨスバニがパーカッションを振り回すのをニコニコして受け止めながら、信じられないようなタイミングでフレーズをたたみかけるダフニスは神々しいほどのリズムの化身だった。なるほど、これだけ叩ければ
スティーヴ・コールマンや
ヘンリー・スレッギル
からもお墨付きがもらえるはずである。
ビル・ディクソン
伝説のベーシスト、ヘンリー・グライムス
が 30数年ぶりに演奏活動を再開し、ジャズ好きの話題を呼んでから4〜5年が経つ。
それに触発されたわけではないだろうが、 多くのベテランが再び陽の当たる場所に登場している。
サム・リヴァース
アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ
の黄金時代を支えたジミー・メリット(ベース)、
ニューヨーク・コンテンポラリー・ファイヴ
の一員だったドン・ムーア(ベース)も 戻ってきた。
グラッセラ・オリファント
(ドラムス)、ジョージ・ブレイス
(サックス)、プレスティッジやメインストリームに濃いアルバムを吹き込んだ
バディ・テリー
(テナー・サックス)、70年代にカタリストやマイルストーンといったレーベルにリーダー作を残したギタリストで、
ディジー・ガレスピー
のバンドではエレクトリック・ベースを弾いたマイケル・ハウエル
も健在だ。フレディ・ハバード
も、唇をいたわりながら若手サイドメンの力を借りて時たまフリューゲルホーンを吹いている。この春にはクイーンズでコンサートを開き、ピアノやヴォーカルも聴かせたり、
アマチュア・トランペッターを集めて指揮をしたりしたようだ。
ビル・ディクソン
(トランペット)や サム・リヴァース
(サックス)の ように80歳になっても切れ味を増している怪物に比べれば、まだ60代のフレディは小僧同然なのに、
もうトランペットを吹くのは無理なのだろうか…。
◇ ◇ ◇
出でるものあれば去るものあり。今年も多くの偉才が他界した。
悲しくなるのでそれについては触れないが、狂おしいほど素晴らしいユニットもひとつ、幕を閉じてしまった。
デヴィッド・S・ウェア・カルテット
である。いつだったか彼らは海外の雑誌で“ジャズ史上、ジョン・コルトレーン・カルテット
に匹敵できる唯一のバンド”と評されていたが、それも僕に
デヴィッド・S・ウェア
は納得できる
(ウェイン・ショーター・カルテット
も同格に凄いが)。ウェア(テナー・サックス)、マシュー・シップ
(ピアノ)、ウィリアム・パーカー
(ベース)がそろって 活動を始めたのは1989年のこと。以来、彼らはマーク・エドワーズ、
ウィット・ディッキー、
スージー・イバーラ、
ハミッド・ドレイク、
ギレルモ・E・ブラウン
等をドラマーに迎えながら、 感動的なアルバムを次々と残してきた。どうして解散を?という問いにウェアはこう答えてくれた。
“もう、やりつくした。これ以上つづけても反復しか訪れない”。解散記念というわけではないだろうが、 秋には『バラードウェア』というアルバムも出た(1999年の未発表音源)。ライナーノーツをみるとこの演奏は、亡くなったウェア
の愛犬に捧げられているようだ。一切妥協なしの男気ブロウを愛犬に寄せるウェア…素敵だ。カルテット解散後も4人は各人各様の高揚感溢れるサウンドを提供してくれることだろう。シップ
とジョン・メデスキの2キーボードによる新譜『Scotty Hard’s Radical Reconstructive Surgery』
(このところ毎日、聴いている)にはパーカーも参加していたし、とにかくウェア周辺は相変わらず楽しみだ、と大声で言い切りたい気分である。
ジョシュ・ローズマン
トニー・マラビー
デヴィッド・ビニー
(アルト・サックス)、ドニー・マッカスリン
(マッキャズリン)(テナー・サックス)は最近リーダー作を出すペースがあがっているし、
トニー・マラビー
(テナー・サックス)、ジョシュ・ローズマン
(トロンボーン)、アヴィシャイ・コーエン
(トランペット)等も相変わらず冴えている。素晴らしい音楽はエフォートとインスピレーションの集積の上に成り立つものだということを僕は彼らに教わった。
皆、いろんなアルバムに参加し、内容のグレードをあげている。だが、それだけでは僕はちょっと淋しい。やっぱり、リーダー作を出してほしい。
飛ぶ鳥を落とす絶好調ぶりを、自己名義のアルバムに、これでもかと刻み込んでほしいのだ。2007年こそ、彼ら自身の新作に出会いたい。
読者の皆様とジャズ界に幸あれ。良いお年を!!
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