『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム!

原田和典のJAZZ徒然草
第15回 シカゴには人間味たっぷりの男気ジャズが満ち溢れているぜ/div>

シカゴのジャズときいて、あなたは何を思い浮かべるだろう。

古くからのファンなら、エディ・コンドンバド・フリーマンフランク・テシュマッハーらの、いわゆるシカゴ・ジャズ(オースティン・ハイスクール・ギャング関連)を連想するかもしれない。60年代後半以降にジャズの洗礼を受けたひとであれば、アート・アンサンブル・オブ・シカゴムハール・リチャード・エイブラムスなどの、いわゆるAACM派だろうか。最近の音楽ファンならシカゴ音響派と、それに付随するシカゴ・アンダーグラウンド・デュオ〜トリオ〜カルテットなどを真っ先に連想してもおかしくない。

僕がシカゴのジャズを考えるときは、どういうわけかミュージシャンよりもレーベル名が浮かんでくる。デルマーク、アーゴ/カデット、ヴィー・ジェイ、ネッサ、オッカ・ディスク、スリル・ジョッキーなどなど。僕はこうしたレーベルのアルバムを通じて、シカゴの“地ビール”ならぬ“地ジャズ”に親しみ、愛着を覚えてきた。

スティーヴ・ベリー、コールー・ウィリクス、アリー・ブラウン
左からスティーヴ・ベリー、コーリー・ウィルクス、
アリー・ブラウン
そしてシカゴにおけるライヴ・レコーディングには、異様なまでの熱量があることを「ビー・ハイヴ」、「ブルーノート」、「DJラウンジ」、「パーシング・ボールルーム」、「ミスター・ケリーズ」、「サザーランド・ラウンジ」、「アルハンブラ」、「バードハウス」等で録音された作品を通じて知った。だが、これらの店は、今はもう存在しない。 しかし現在でも「ジャズ・ショウケース」(1947年創業)、「ジョーズ・ビバップ・ラウンジ」、「ホット・ハウス」、「グリーン・ミル」、「ヴェルヴェット・ラウンジ」などが連日のように充実したプログラムを組んでいる。そしてシカゴでは多くの逸材ミュージシャンが現役バリバリで活動している。その一部を紹介すると…

ウィリー・ピケンズ
ウィリー・ピケンズ
トランペットコーリー・ウィルクスブラッド・グードフィル・コーラン
トロンボーンスティーヴ・ベリー
サックスフランツ・ジャクソンヴォン・フリーマンフレッド・アンダーソンアリー・ブラウンエドワード・ウィルカーソンJr.アーネスト・ドーキンズフランク・カタラーノケン・ヴァンダーマーク
ピアノウィリー・ピケンズケン・チェイニー(元ヤング・ホルト・アンリミテッド)、カーク・ブラウン
ギタージェフ・パーカー
ベースハリソン・バンクヘッド、タツ・アオキ(青木達幸)、ジョシュ・エイブラムス
ドラムスロバート・シャイ(元スリー・ソウルズ)、デイナ・ブラウン、アブリエール・ラー

ケン・チェイニー
ケン・チェイニー
これらはほんの一部だ。噂ではジョディ・クリスチャンジョン・ヤングキング・フレミングなどの超ベテラン・ピアニストたちもチャンスがあれば聴けるというし、昨年40周年を迎えたAACMも相変わらず強烈だ。 あの風の強い、猛烈に冷え込む街の持つエネルギーは無尽蔵である。

その無尽蔵な街を、僕は10年ぶりに訪れた。9月の始めだったし天気も良かったので凍えることはなかったが、それでも夜は寒さで鼻水が出た。風は容赦なく吹き付ける。だが空は澄んでいて星がきらめく。それがウィンディ・シティ、シカゴなのだ。
シカゴの“地ジャズ”といえば第一にあがるのがヴォン・フリーマンの名前だ。来年で85歳になる彼はチャーリー・パーカーと共演したり、最初期のサン・ラ・アーケストラに所属したキャリアを持つ。どういうわけかレコーディングに恵まれず、ローランド・カークの尽力でファースト・アルバム『ドゥーイン・イット・ライト・ナウ』(アトランティック)が制作されたときにはもう50歳になっていた。
ヴォン・フリーマン
ヴォン・フリーマン
サックス奏者チコ・フリーマンは彼の息子。スティーヴ・コールマンは弟子といっていいだろう。
90年代の初めにコールマンは僕にこういった。“世界で最も偉大で、過小評価されているサックス奏者はヴォン・フリーマンである”と。“息子のチコをどう思う?”と問いかけると、“過大評価だね”といって親指を下げたことを覚えている。ヴォンがシカゴで、いかに若手を鍛え、彼らの支えとなってきたかは悠雅彦氏の名著「ぼくのジャズ・アメリカ」に詳しいが、僕が「グリーン・ミル」(4802N. Broadway Ave.)で見たときも、ヴォンは鬼軍曹となって、おそらくはひ孫のように年の離れたミュージシャンをあおり、ハッパをかけ、テナー・サックスを吹きまくった。ヴォンのプレイははっきりいって、かなりヨレている。しかし、彼が吹くと、場が締まるのだ。そして乗ってくると、我を忘れたように10分も15分もブロウする。若手サイドメンが楽器を奏でながら、ヴォンを見て口をあんぐりしている。ボスの風格にすっかり酔わされてしまった。


フレッド・アンダーソン
フレッド・アンダーソン
ジョシュ・エイブラムス
ジョシュ・エイブラムス
ハミッド・ドレイク
ハミッド・ドレイク
モリース・ブラウン
モリース・ブラウン

ヴォンに続く世代の“地ジャズ”といえばフレッド・アンダーソンも外せない。彼は今年で喜寿を迎える。 自身の店「ヴェルヴェット・ラウンジ」(67E Cermak Rd)はこの夏に改装を終え、再オープンしたばかり。入り口で入場料を集めている小柄な猫背のおじいさんが、ひとたびステージにあがり、テナー・サックスを吹くやいなや、阿修羅と化すのだから本当に痛快である。フレッドはマイクを使わず、すべて生音で演奏する。背後ではジョシュ・エイブラムスがシャカリキになってベースをかき鳴らし、ハミッド・ドレイクが蛸のように手足を動かして多層的なリズムを醸し出す。それなのに、フレッドのサックスは一音一音がくっきりと、背後の音量が高まれば高まるほど自身の音量もあげて、灼熱のインプロヴィゼーションを繰り広げるのだ。 楽器を右腿の横に付け、ひざを折り曲げながら演奏するフレッド。その音の迫力、泉のように尽きないアドリブのアイデアに心底、圧倒された。途中、ニューオリンズ出身の若手トランペッター、モリース・ブラウンが飛び入りしフレッドと激しく応酬したのも火に油を注いだ(彼はフレッドのデルマーク盤『バック・アット・ザ・ヴェルヴェット・ラウンジ』にも参加していた)。

評論家のジョン・リトワイラー(オーネット・コールマンに関する著書もある)はフレッドの芸風を“フリー、アヴァンギャルド、アウトサイド”と表現している。だがこれでは、なんだかとてつもなく難解で前衛的なものを彼が演奏しているみたいではないか。 フレッドの音楽は絶対に難しくない。アヴァンギャルドでもなんでもない。 ただ、“曲”をプレイせず、すべてインスピレーションで演奏を進め、彼の体に内蔵された底知れぬ引き出しのなかから得意のフレーズを放出していくだけだ。自然発生的で、スリルに満ちていて、おもしろい。笑顔の観客が“ブロウ、フレッド!”、“ゴー、ナウ!”と声をあげ、演奏のクライマックスには割れんばかりの声援と拍手が起こる。もし彼の音楽が“フリー、アヴァンギャルド、アウトサイド”なら、こんな反応が観客から起きるだろうか。ブルース&スイング、人間味と暖かさ、これがフレッド・アンダーソン・ミュージックだ。ただ、前もって作られた曲を演奏しないだけ、決まりきったコード進行やリズムが存在しないだけのことである。

ヴェルヴェット・ラウンジ
ヴェルヴェット・ラウンジ
「ヴェルヴェット・ラウンジ」では、AACMオーケストラのライヴも体験することができた。演目は“グレイト・ブラック・ミュージック トリビュート・トゥ・フォーレン(戦死者)”。マラカイ・フェイヴァースマラカイ・トンプソン等、志半ばで倒れた同志へのレクイエムだ。 指揮はムワタ・ボウデン、フィーチャリング・メンバーにはエドワード・ウィルカーソンJr.(テナー・サックス)やアブリエール・ラー(ドラムス)などがいた。
AACMオーケストラ(指揮ムワタ・ボウデン)
AACMオーケストラ
(指揮ムワタ・ボウデン)
05年に開催された“創立40周年記念AACM祭り”に行けなかった僕としては、悔しさが晴れたような気持ちである。演奏はもちろん最高。 猛るような大音量の集団即興をバンドの真横で聴くことができたが、ぜんぜんうるさくないのには改めて感服した。 ようするに生音の鳴りが抜群だから、フォルティシモでも心地よいのだ。もちろんステージにマイクはほとんどない。最高峰のテクニシャンは空気があれば十分に音を鳴り響かせることができるのである。轟音フリー・インプロビゼーションから、ポエトリー・リーディング、狂乱のシャッフル・ブルースへ。AACM魂は不滅なり、と強烈に印象づけられた。

ジャズ・ショウケース
ジャズ・ショウケース
いっぽう、スタンダード・ナンバーの魅力を楽しませてくれたのが、シカゴ・ジャズ興行界のボス=ジョー・シーガル経営の「ジャズ・ショウケース」(59 W. Grand Ave.)に出演したアイラ・サリヴァンだ。50年代にはジャズ・メッセンジャーズでも活躍、70年代にはジャコ・パストリアスを見出し、80年代にはレッド・ロドニーとバンド(サイドメンにはフレッド・ハーシュなどがいた)を組んでいた、あのアイラ・サリヴァンである。
いろんな楽器をやるアイラだが、僕が見た日はトランペット、テナー・サックス、ソプラノ・サックスを吹いた。 演奏曲は「ダンシング・イン・ザ・ダーク」、「ユー・ステップト・アウト・オブ・ア・ドリーム」など。「ジャズ・ショウケース」はステージの背後にチャーリー・パーカーの大きなパネルが飾られ、客席の右側にはジョン・コルトレーンの大きな肖像が貼り付けてある、わりと大き目の店だ。オーナーの好みを反映し、音楽は基本的にビ・バップ〜ハード・バップに統一されている。75歳のアイラが演奏するスタンダードには、モダン・ジャズを同時代に体験した男だけに可能な、まさしく“ほんまもん”の味わいがあふれていた。

『世界最高のジャズ』(光文社新書)、お楽しみいただいておりますでしょうか。ジャズという素晴らしい音楽を、ひとりでも多くのひとに楽しんでいただきたいと願いながら、400ページあまりをしたためました。これほど分厚い書物は新書では稀です。どうか、この重量感たっぷりの本を、御愛顧いただけますようお願い申し上げます。70年代以降に生まれた世代へ向けたジャズ本は、これまでなかったのではないでしょうか。学校やカルチャーセンターの教材としても御活用していただけると望外の喜びです。 原田和典(はらだ かずのり)
1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。

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