『世界最高のジャズ』の著者でもある原田和典さんによるJAZZへの熱い想いを語ったコラム!

原田和典のJAZZ徒然草
第1回 トニー・マラビーのライヴ4連発を聴いて、すっかりノックアウトされちまったぜ

原田和典です。ジャズを稼業としてもう16年になりますが、気分は新人です。よろしくお願いいたします。
とにかくここではいま僕が惚れ込んでやまないジャズ、皆さんとわかちあえるとうれしいジャズに関して愛をぶちまけたい。なので今回は現在大活躍中テナー・サックス奏者、トニー・マラビーについて書く。

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彼は1964年アリゾナに生まれたメキシコ系アメリカ人だ。ニューヨーク・タイムズで「この5年間にあらわれた最高のサックス奏者の一人」と評されたマラビー、それからさらに5年がたつが、今のジャズにおける彼の存在はますます重みを増している。チャーリー・ヘイデンリベレイション・ミュージック・オーケストラ、同じくヘイデンランド・オブ・ザ・サン・プロジェクトポール・モチアンエレクトリック・ビ・バップ・バンドマーク・アライアスのオープン・ルース、夫人アンジェリカ・サンチェス〜トム・レイニーとのトリオ、アイヴィン・オプシヴィクのオーヴァーシーズ、発足したばかりのトーン・コレクター、そしてもちろん数種の自分のグループなどでマラビーは欧米をまたにかけて大活躍している。あまりに忙しくてジョージ・シュラーのシュルドッグス、マリオ・パヴォーンのグループは脱退してしまったようだ。


トニー・マラビー
この6月、僕はニューヨークで1週間ジャズ漬けの日々をおくったが、その間、マラビーの演奏を4回も聴くことができた。
6月13日(月)はブルックリンにある「Zebulon」(258 WytheAve.,bet.Metropolitan & North 3rd street)というクラブで“Apparitions”というプロジェクトがおこなわれたSonglinesというレーベルからリリースされた同名のリーダー・アルバム(SGL SA1545-2)にちなんだユニットだが、マラビーをはじめ、ドリュー・グレス(ベース)、トム・レイニー(ドラムス)、マイケル・サリン(ドラムス)と、多忙なプレイヤーが集まっているため、めったにライヴをやることがない。


「Zebulon」という店、内装は築80年という感じだが、ジャズに力を入れるようになったのは最近で、ブッチ・モリスのオーケストラが出はじめてから僕はこのクラブの存在を知った。繁華街から離れた人通りの少ない場所にポツンと、地味に建っている。

入り口のドアを開けるとバーのカウンターやテーブルがあり、その先を進むとライヴ・スペースがある。店は広いけれど、ステージは狭い。巨体のマラビーは自然とステージから降りて演奏することになる。ふたりのドラムスの間でグレスが窮屈そうにベースを弾く。左右から飛び散るシンバルの音が彼の両耳を直撃したであろうことは想像に難くない。ああ、それにしてもマラビー。豊かな音、大きなノリ、まったく独自のフレーズ(彼はデクスター・ゴードンに触発されて楽器を始め、チャーリー・マリアーノアンソニー・オルテガに影響を受けたそうだが、今はトニー・マラビー以外の何者でもない語り口である)・・・・挑んでくる。ぶつかってくる。マラビーはノッてくると白目をむいてサックスのキーを押さえる左手のひじをゆすりながら吹く。この日の彼は白目むきまくり、ひじゆすりまくりである。それにしても、なんて良く通る音なのか。


トニー・マラビー
マラビーは楽器を腹の上にのせて演奏するが、共鳴管と化した腹がサックスの音に一層の深みを与えるエフェクター的役割を果たしているのかもしれない。演奏曲はSongline盤のCDに準じていたが、当然その何倍もの長さになり、「Mambo Chueco」などはまったく別の曲といっていいほどに拡大・深化されていた。

ライヴは深夜まで及んだ。帰り道が怖い。大急ぎで地下鉄の駅まで向かうが、メトロカード(suicaを薄くしたようなカード)を通すギリギリギッチョンに柵がしてある。地下鉄は24時間うごいているときいていたのに・・・。だけどなぜか駅員はいて、彼にどうしたらいいのかときくと「なんたらアベニューなんとかサウスどうたらブロックス、ユー・キャン・テイク・ザ・バス」というようなことを早口で言われたが、なんたらやなんとかやどうたらについて尋ね返す気力も出ないし、バス停までには遠そうだ。駅から地上に戻ったとたんタクシーが来たので、すかさずそれに乗った。 

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僕は前に勤めていたジャズ批評という雑誌で「サックス・トリオ決定盤」という特集をやった(2005年5月号)が、本当に最近、ますます、えらい調子でサックス〜ベース〜ドラムスのトリオが増えている。特にニューヨークでは。当たり前だ。ニューヨークのひとが気楽にいけるジャズ・クラブに通常、グランド・ピアノなんてないのだから(ミュージック・チャージ30ドル以上をとる店は例外。そんなところ、地元のひとが気安くいけるわけがない)。しかしマーク・アライアスのオープン・ルースはサックス・トリオ隆盛の前から地道に活動を続けていた。当初はエラリー・エスケリンがサックスだったがマラビーに交代してもう5年になる。ドラマーはトム・レイニーだ。彼らのライヴがおこなわれたのは6月15日、ブルックリンの「Barbes」(376 9th Street at6th ave.)にて。ここもバー・カウンターを突っ切ったところにライヴ・スペースがある。客席とステージ、あわせて10畳ぐらいか?すごく狭い。だがその分、生音がグワッと迫ってくる。アライアスのベースのうなりは部屋自体を震わせるかのようだった。 マラビーはジャズ・テナーのド真ん中というべきプレイで白熱する。オープン・ルースは9月ごろ新作を出す予定とのこと。「久しぶりに日本に行きたいな」と、ツルツル頭をかきながらアライアスは言っていた。年中おなじ顔ぶれの来日ばかりで、彼ほど意欲的なミュージシャンが十数年も訪れていない日本のジャズ・フィールドっておかしい。


グリニッチ・ヴィレッジ
16日もサックス・トリオ。グリニッチ・ヴィレッジの「Cornelia Street Cafe」(29Cornelia Street)にて、前述したジェフ・デイヴィス(ドラムス)、アイヴィン・オプシヴィク(ベース)と組んだ“トーン・コレクター”の同名CD(JazzawayJARCD012)発売記念ライヴだ。ジェフはフレッ シュ・サウンド・ニュー・タレントから『Lifespan』というアルバムを出している(マラビー参加)ピアニスト=クリス・デイヴィスの夫。トーン・コレクターのまとめ役でもあるが、ジェフにしろオプシヴィクにしろ、マラビーと一緒の舞台に立つと、彼に稽古をつけてもらっている大学生(もちろん楽器はうまいし、僕は彼らの演奏が好きだが)にしか見えないのはどうしたことか。演奏内容は、3人の出たとこ勝負的な演奏も多く、これをフリージャズと呼ぶ人がいても僕は否定できない。 マラビーは声を混ぜたり、息を吹き込んでキーをカシャカシャいわせたりしながら、バンドの“フリー化”に貢献していた。

そして18日、またも「Cornelia Street Cafe」でマラビーを見る。この店、カフェと名乗ってはいるがレッキとしたレストランであり、しかも抜群にうまい。料金もそれなりだが、僕はここに初めて来たときにハンバーガーを食べ、この肉をパンで挟んだ食い物がこんなにおいしいとは、ガツーンとショックを受けたことがある。肉を口に含むと肉汁がこぼれおち、パン(バンズと呼ぶ)は外はカリカリ、中はシットリ。夢にまで見るほどだが、その後、何回か「Cornelia Street Cafe」に通っているのに、二度と食事できていない。 答えは簡単、いつも超満員で、とても予約していかないとテーブルにつけないからだ。僕のようにその日の気分で行動する者にとっては、この電話予約というのがなかなかかったるいのだ、なんて自分の英語力の乏しさを棚にあげる私だが、それはさておき、1階レストランの盛況ぶりに比べると、地下のライヴ・スペースは比較的ゆったりしている。レストランで食事をしているひとのほとんどは、地下で毎晩のようにニューヨーク・ジャズのカッティング・エッジが展開されていることを知らないのではないだろうか? 


クリス・ライトキャップ
ところでこの日の出演はクリス・ライトキャップ(ベース)のカルテット。他のメンバーはピアノ(アップライト)がジェイコブ・サックス、ドラムスがロドニー・グリーンだ。僕はマラビーが参加したライトキャップのリーダー作『ビッグマウス』が大好きなのだが、それに比べるとこの日の演奏は時計の針が30年ぐらい戻ったような感じだ。オリジナル曲が多いけれど、ごきげんな4ビート・ジャズ、テーマ〜アドリブ〜テーマという構成のものが中心で、なつかしき4バース(メロディ楽器とドラムス奏者が4小節のソロを交換する)まで出てくる。おもわずヴィレッジ・ヴァンガードでシダー・ウォルトンのイースタン・リベリオンを聴いたときのことを思い出した。だが「ジャイアント・ステップス」風の曲でジョン・コルトレーン的フレーズを吹きまくるマラビーなんてめったに聴けるものではないし、そういった意味では貴重なものを体験したとはいえる。

ゆるぎない存在感をもちながら、それぞれのバンドに溶け込んで圧倒的な存在感を示すマラビー。日本で話題になるテナー・サックス奏者といえば、いまだにブランフォード・マルサリスジョシュア・レッドマンで止まったままだが、マラビーが広く注目されるのもそんな遠い未来のことではないと思う。だってそうだろう、アメリカやヨーロッパでは引く手あまたなのだから。もっともマラビーはジャズ・スタンダードはまったくといっていいほど演奏しないし、何ビートかということにも頓着しないみたいだが。

しかしあの太い音色で紡がれる彼以外の誰もかわりが利かない“うた”を聴けば、ジャズに個性と、冒険と、音色の魅力を求めるファンなら決して抗えないはずだ。今のニューヨークにふさわしいのは決して「オータム・イン・ニューヨーク」ではない。ましてやマンハッタンなんとかでも、ニューヨークなんたらトリオでもない。そんなもの日本が作り出した幻想である。トニー・マラビー、彼のサウンドこそヴォイス・オブ・ニューヨーク・ジャズだ、と僕は品川区から愛をこめて強く言い切る。

1970年北海道生まれ。この5月、ジャズ批評誌編集長の座を辞し、ソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。おニャン子クラブ結成20周年、南野陽子デビュー20周年ということもあってか、80年代アイドルのブームが個人的にまきおこっている。さいきんの注目株は報道ステーションのお天気おねいさん、小林姉妹、松下奈緒、岩佐真悠子。 原田和典(はらだ かずのり)
1970年北海道生まれ。ジャズ誌編集長を経て、2005年夏よりソロ活動開始。ジャズ、ブルース、ファンク、ロック、アイドル、突然段ボール、肉球、なんでも好き。

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